映画感想:『ローガン』はアンチヒーロー映画

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映画の予告動画はとても重要だ。
鑑賞者は、映画館で、TVCMで、Youtubeで、予告動画を見て「その映画を鑑賞すべきか」を判断する。

その点『ローガン』は素晴らしい。

予告に使われている曲は、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)の”Hurt”という曲ある。
映画のテーマ、内容、雰囲気に合ったこれ以上ない選曲だと言える。

少し長いが引用したい。

I hurt myself today(今日、自分を傷つけた)
To see if I still feel(自分が”感じることができるか”を知るために)
I focus on the pain(痛みに集中すると)
The only thing that's real(それだけが真実だから)
The needle tears a hole(針で穴を刺す)
The old familiar sting (古傷が痛む)
Try to kill it all away(全てを殺めようとしても)
But I remember everything(全てを思い出してしまう)


What have I become (自分はどうなってしまったのだろうか)
My sweetest friend(私の親しい友よ)
Everyone I know goes away(皆、どこかにいってしまった)
In the end(最後には)
And you could have it all(全て持っていってくれ)
My empire of dirt(泥からできた脆い帝国を)
I will let you down(私はあなたをがっかりさせるだろう)
I will make you hurt(私はあなたを傷つけるだろう)


I wear this crown of thorns(茨の王冠を被り)
Upon my liar's chair(嘘の椅子にこしかけて)
Full of broken thoughts(壊れた思考に支配され)
I cannot repair(戻ることができない)
Beneath the stains of time(汚れた時間の下)
The feelings disappear(感覚は消えてしまった)
You are someone else(あなたは違う人になってしまった)
I am still right here(私はまだ、ここにいる)


What have I become (自分はどうなってしまったのだろうか)
My sweetest friend(私の親しい友よ)
Everyone I know goes away(皆、どこかにいってしまった)
In the end(最後には)
And you could have it all(全て持っていってくれ)
My empire of dirt(泥からできた脆い帝国を)
I will let you down(私はあなたをがっかりさせるだろう)
I will make you hurt(私はあなたを傷つけるだろう)


If I could start again(もしやり直すことができるのであれば)
A million miles away(1ミリオンも離れた遠い場所で)
I would keep myself(私は自分を守っていたい)
I would find a way(私は自分の道を見つけたい)

『ローガン』の感想は以上だと言いたくなる。
それだけ、『hurt』から感じる悲哀と『ローガン』のそれは合致する。


そして本編に関して「X-MEN」シリーズのファンであればあるほど、悲しいシーンが続く。

プロフェサーXことチャールズは老いている。
昔からある程度老いた年齢ではあったが、その比較ではない。
時々ローガンのことすらわからないようになり暴走をする。
最強と言われたミュータントであるチャールズが暴走するのは危険極まりない。
体が丈夫であるローガンが看病をしているためギリギリ大事にはなっていないが、厳しい状態だ。
かつての道に迷う多くのミュータントのカリスマがこうなってしまうとは、と哀しくなる。


ローガンも老いている。
不死身の体を持ち、どんなに傷つけられようが、銃で撃たれようがすぐに回復する体だったのが、
老いたこと、アダマンチウムの悪影響により回復しにくくなっている。
回復しきらないため体はボロボロで、動きも鈍い。
死なない猛獣だった時の勢いはどこにいってしまったのか、と哀しくなる。


そしてその哀しさの感情は最後まで解消されない。
チャールズは老いて自分の力をコントロールできないままだし、
ローガンは弱々しいまま、エンドロールを迎える。


そして彼らは「正義の味方」でもない。
チャールズは能力の暴走により多くの関係ない人を失神させるし、ローガンは問答無用で向かってくる敵を殺していく。

R15+にしたことで、戦いのシーンがより生々しくなり、ローガン含めたミュータントの正当性に疑いを持つようになる。
家族や友人がいるであろう、待っているであろう敵側の人間が、ローガンやローラ(ローガンのクローン少女)によってばたばたと殺されていく。


そう、本作は所謂「ヒーロー映画」ではないのである。
「マーベル映画=ヒーロー映画」であり、過去の「X-MEN」シリーズもそうだった。
はっきりとした敵がおり、それに対抗するために「ヒーロー」が立ち上がる。
そしてヒーローはヒールを撃退し、めでたしめでたし。

しかし本作は違う。

ローガンは誰のために戦っているのか、それは自分のためでありチャールズのためだ。
ローガンは、自身の個人的な物語で踊るために戦う。
ローラもそうである。自分が生きるために、自分に向かってくる相手に牙を向いているだけだ。
そこに「信条」など存在しない。

ローガンは何を最後に思ったのか、それは「家族の暖かさ」である。
チャールズは何を最後に思ったのか、それは「家族の暖かさ」である。

長年、ミュータント界のため、人間のため(ミュータントとの共存)に戦ってきた彼らが最後に思ったことは、
自分の成し遂げた「大きな物語」ではなく、身近な人との関係、家族の暖かさ、そういった「小さな物語」だった。


大きな物語」は思考停止の起こしかねないという危うさを持っている。
相手がどんな考えを持った人であろうと、信条の違いがあればわかりあえないと思うようなこともあるだろう。それが加速して、現実世界ではイスラムによる暴走が起こっている。


本作は、そんな大きな物語へのアンチテーゼであり、小さな物語の肯定の話ではないだろうか。



冒頭の話に戻ろう。

予告で使われていた”Hurt”だが、実は本編の中では一切使われていない。
しかし、エンドロールでジョニー・キャッシュの違う曲が流れる。

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『The Man Comes Around』という、聖書の「ヨハネの黙示録」「マタイによる福音書」をベースにジョニー・キャッシュが歌詞を書いた曲だ。
内容は「黙示録の到来」「神の裁き」という、厳しい内容である。

劇中、ローガンがローラにこう語るシーンがある。


「人を殺めた過去は変えられない。それを背負うしかないんだ」


その発言を受けて『The Man Comes Around』を解釈すると、ローガンの死=裁きとなる。
しかし、ローガンには「救い」があった。ローラの存在だ。

■ " The virgins are all trimming their wicks "
この部分は「マタイによる福音書25:1-25:13 」 からの抜粋だと思われます。この話の中では10人の処女が出てきて、そのうちの5人は愚かで5人は賢明でした。そして「マタイによる福音書」では「愚かな5人の末路」が書かれていますが、ジョニー・キャッシュの歌詞では「賢明な5人の行い」が記述されています。推測になりますが、恐らくジョニー・キャッシュはこの部分を「救い」若しくは「再生」として書いたのではないかと思いました。

https://old-new-music.blogspot.jp/2013/11/johnny-cash-man-comes-around.html


この「賢明な5人」こそがローラであり、ローガンにとっての救いだったのではないだろうか。この曲をエンディングに採用することで、監督はローガンに救いがあることを示したのだと思う。


ありがとうウルヴァリン、ありがとうローガン(チャールズも)。

X-MENシリーズは、単純なヒーローものではないところが良い。来年は3作品公開されるらしい(デッドプールは見ない)。

この素晴らしいウルヴァリンの余韻の延長線上で、21世紀フォックスには良い作品を期待している。